「楽しさ自給率」を高めて生きる

「楽しさ自給率」という言葉を聞いたことはありますか?
文字通り、楽しさを自分で作り出している割合のことですが、経済成長が停滞している現在では、この「楽しさ自給率」を高める必要があると言われています。
楽しさ自給率を高めることによって、人生の幸福度は確実に上がっていくかと思いますので、この記事を参考にしていただけるとうれしいです。
楽しさ自給率とは
「楽しさ自給率」というのは楽しさを自分で作り出している割合のことですが、楽しさの自給とはどういうことでしょうか?
例えば、楽しさの例として映画を考えてみましょう。
これは誰かが作った映画を、誰かが作った映画館で見るという行為なので、他人から与えられた楽しさ、つまり自給していないといえます。
また庭先でバーベキューをしたとすると、バーベキュー道具・食材を自分で揃えて、自分の家で、自分で仲間を集めてやっているので、これは楽しさを自給できているといえます。
厳密に言うとバーベキュー道具も誰かが作っているわけなので、明確に線引できるわけではないですが、どれだけ自分たちで作り出せているかが重要になります。
ちなみにこの言葉は、コミュニティデザイナーの山崎亮さんが本の中で使っていて、おそらくこの方が作った言葉だと思います。
※「社会主義」とついていますが、危険思想について書かれているものではないので誤解の無きよう(笑)
現代は楽しさ自給率が低い
現代は楽しさの自給率が低いと言われています。
あなたが楽しいと思うことを考えてみましょう。
テレビを見る、本を読む、ゲームをする、ディズニーランドに行く、パチンコに行く、などなど。
いま挙げたことはすべて自給できていない楽しさ、言い換えると消費している楽しさです。
あんまり頑張らずとも楽しさを味わえるようなものは「消費」となる傾向が強いです。
なので仕事に忙しい人なんかはダラダラテレビをみたりしてしまいますよね。
僕達が楽しさを消費しているということは、その提供側もいるということです。
提供側は企業であり、企業は利益を目的としているので、僕達はお金と引き替えに楽しさを得ていると言えます。
テレビやスマホゲームは無料で使えますが、広告で成り立っているビジネスモデルのため、お金を出す代わりに広告を見て、その商品が欲しくなり、商品を買うことによってお金を差し出しています。
「いや、広告をみて商品買うほどバカじゃねーよ」と思ってしまいますが、それで割に合うからこれらのビジネスモデルが成り立っているともいえますよね。
楽しさの消費にはまると危険
自給でも消費でも楽しけりゃ良いじゃん、と言いたいところですが、この楽しさの消費には危うさがあります。
この消費の沼にはまると、どんどんお金を使わないと楽しさを得られない、という状況に追い込まれまうのです。
この資本主義の社会においては、企業は消費者からたくさんのお金を引き出そうと、あの手この手で攻めてきます。
楽しさを提供する業界、いわゆるエンタメ業界などですが、それらも自分たちのサービスを消費させようとしてきます。
その結果、身の回りの目につく「楽しいこと」は消費を伴うことばかりになってしまいました。
企業は広告にたくさんのお金を使います。
なので目立つところにある物事は広告が多くなりますし、友達と雑談して出てきた話も、友達がどこかの広告で見たことだったりします。
これと同じことが「楽しいこと」でも起こっているのです。
その結果、「楽しいこと」=「消費すること」となってしまうと、楽しさ欲しさにお金を稼ぐ必要が出てきます。
その思考になると、「お金がない」→「消費できない」→「楽しめない」→「幸せではない」と人生の幸福度まで下がってしまいますよね。
そして楽しさを消費するために身を削って労働している人も多いでしょう。
頑張って働いて、うまいものを食べよう、海外旅行に行こう、ディズニーランドに行こう、とか、割とよくある話のように思います。
もともと仕事を楽しんでいて、消費をさらなる仕事への活力と繋げられるならまだいいですが、そんな人ばかりではないですもんね。。
楽しさを作り出すこと
大事なのは「楽しさを作り出す」という選択肢を持つことです。
消費経済に生きている僕らが消費から完全に抜け出すことは難しいですし、消費することの楽しさもやっぱりあるので、この選択肢を排除する必要はないかなと思います。
なので選択肢を持つというだけで十分です。
バーベキューの例でいうと、友人たちと集まろうという話になった時に、どこかの飲食店で集まるのではなく、自分たちでバーベキューの場を用意しようと話してみます。
もちろん準備は大変です。
平日仕事で疲れていると、休日くらいぱっと店に行って、余計なこと考えずにご飯食べながら話したいと思っちゃいますよね。
でもこれは消費マインドです。
場所の提供や用意をしてもらっている分だけ店の人が動いていて、その分人件費などがかかっていて、その費用を支払っているということは、それと引き換えに自分は会社で労働しているということです。
つまり、自分が食事の場を作るのをサボってる分、自分は会社で働いているということになります。
店で食事すると5,000円くらいはかかってしまうでしょうが、バーベキューを自分たちでやると1,000~2.000円くらいでも十分に楽しめます。
もちろん食材や道具の自給は難しいので、消費の側面は残ってしまいますが、畑で取れた野菜や知り合いの猟師にもらった鹿肉などを使ったりすると、極限まで消費を抑えられますよね。
そしてこうやって工夫をしながら自分たちの手で作り上げていくのは案外楽しいものです。
というか「楽しいこと」って、本来こういうことなんじゃないかなと、個人的には思ったりもします。
楽しさを自給する方法はバーベキュー以外にも、登山、釣り、花見、海水浴、パックじゃない旅行など、考えると無限にあります。
部屋に道に咲いていた花を飾る、など日常の些細なことでもいいですよね。
そうやって、たくさん消費するほどのお金はないにしても、自分たちで楽しさを作っていく生活はいいと思いませんか?
まとめ
資本主義の社会に生きている以上、周囲の環境から消費を求められ、無意識にいろんな物事を消費してしまいます。
消費するためには労働しなければならず、労働して疲れてしまうと、簡単に欲求を満たせる「消費」にまた手を伸ばしていきます。
そうやって労働と消費の無限ループに陥っている人は非常に多いです。
経済成長の時代は、それでも労働をがんばった分たくさん消費できたので良かったのでしょう。
しかし経済が停滞してからは、むしろ労働の重圧の方が重くなり、その結果として最近では、シンプルライフ、ミニマリスト、断捨離など消費から離れようとする動きが出ているのだと思います。
そんな社会の中でも楽しく生きていくため、「楽しさ自給率」を見直してみてはどうでしょうか?
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